「災害が起きたら、まず身の安全を確保しましょう。」
「避難情報が発令されたら、速やかに避難しましょう。」
「非常持ち出し袋を準備しておきましょう。」
このような防災に関する知識は、学校や職場、自治会の防災訓練、テレビやインターネットなどを通じて、多くの人が一度は耳にしたことがあるでしょう。近年は防災情報も充実し、防災アプリやハザードマップなどを利用することで、必要な情報を簡単に入手できる時代になりました。
しかし、防災で本当に大切なのは、「知っていること」ではなく、「できること」です。
災害は、教科書どおりには起こりません。突然の揺れ、暗闇、停電、通信障害、不安や焦りの中で、人は普段どおりの判断や行動ができなくなることがあります。
どれほど知識が豊富でも、実際に行動できなければ、自分や大切な人の命を守ることはできません。
今回は、「知っている」と「できる」の違いについて考えてみたいと思います。

知識だけでは人は動けない
例えば、「避難所の場所を知っていますか」と尋ねられれば、多くの人は「知っています」と答えるでしょう。
しかし、実際に自宅から避難所まで歩いたことがある人はどれくらいいるでしょうか。
昼間しか歩いたことがない。
雨の日は通ったことがない。
夜道の様子を知らない。
道路が冠水した場合を想定していない。
このような状況では、「知っている」ことと「実際に避難できる」ことには大きな差があります。
知識は出発点ですが、それだけでは十分ではありません。
経験が行動力を育てる
災害時には、経験したことがある行動ほど落ち着いて実践できます。
例えば、防災訓練で消火器を使った経験があれば、実際の火災でも戸惑いは少なくなります。
非常持ち出し袋を背負って歩いた経験があれば、その重さや持ち運びやすさも分かります。
非常食を食べたことがあれば、味や食べやすさを知ることができます。
人は初めてのことには不安を感じますが、一度経験したことは行動しやすくなります。
だからこそ、防災では「体験すること」が何より重要なのです。
災害時は普段どおりに動けない
災害が発生すると、人は強い緊張や恐怖を感じます。
地震の激しい揺れ。
突然の停電。
サイレンの音。
家族の安否への不安。
こうした状況では、頭では分かっていても冷静に行動することが難しくなります。
心理学では、強いストレスを受けると判断力や記憶力が低下するとされています。
つまり、災害時には「知識」を思い出すこと自体が難しくなるのです。
そのため、考えなくても体が動くくらいまで繰り返し訓練しておくことが、防災には欠かせません。
家族で「できる」を確認する
防災は一人だけで行うものではありません。
家族全員が実際にできることが重要です。
避難場所まで歩いてみる。
非常持ち出し袋を持ってみる。
家族との連絡方法を確認する。
ブレーカーの場所を覚える。
ガスの元栓を確認する。
こうした実践を家族で繰り返すことで、「知っている」が「できる」へと変わっていきます。
また、子どもや高齢者が実際に行動できるかどうかも確認しておく必要があります。
家族みんなで体験することが、防災力を高める第一歩です。
地域の防災訓練を活用する
地域で実施される防災訓練は、「できる力」を育てる貴重な機会です。
消火器の操作。
応急手当。
避難所運営。
炊き出し体験。
救助訓練。
これらは、本や動画を見るだけでは身に付きません。
実際に体を動かし、人と協力しながら体験することで、初めて自信につながります。
訓練は「参加すること」が目的ではなく、「災害時に行動できる力を身に付けること」が目的なのです。
日常生活の中で実践する
「できる力」は、日常生活の中でも育てることができます。
例えば、
懐中電灯を実際に使ってみる。
モバイルバッテリーを充電しておく。
非常食で一食過ごしてみる。
防災アプリを操作してみる。
こうした小さな実践を積み重ねることで、防災は特別なものではなく、日常の習慣になります。
普段から使い慣れていれば、災害時にも自然に活用できます。
「知っているつもり」が一番危険
防災で最も注意したいのは、「知っているつもり」です。
テレビで見たから分かる。
説明を聞いたから大丈夫。
本を読んだから理解している。
しかし、実際にやってみると、思うようにできないことは少なくありません。
防災用品の使い方が分からない。
避難経路が予想以上に危険だった。
非常持ち出し袋が重くて運べなかった。
こうした気付きは、実際に試して初めて分かることです。
「知っているつもり」を「本当にできる」へ変えることが、防災力の向上につながります。
「できる」が自信を生む
実際に経験したことは、大きな安心につながります。
「避難所まで歩いたことがある。」
「消火器を使ったことがある。」
「非常食を食べたことがある。」
こうした経験は、「もし災害が起きても対応できる」という自信を育てます。
この自信は、災害時の冷静な判断や迅速な行動につながります。
また、自分だけでなく、家族や近所の人を助ける余裕も生まれるでしょう。
経験は、防災における最も確かな財産の一つなのです。

「知識」を「行動」に変える社会へ
現代は、防災に関する情報があふれています。
しかし、情報が多いことと、防災力が高いことは同じではありません。
本当に必要なのは、知識を行動へと結び付けることです。
学校では体験型の防災教育を充実させる。
家庭では定期的に備えを見直す。
地域では実践的な防災訓練を続ける。
企業では災害を想定した訓練を重ねる。
こうした取り組みが社会全体に広がれば、「知っている人」が増えるだけでなく、「できる人」が増えていきます。
防災は知識を競うものではありません。
大切なのは、災害が発生したその瞬間に、自分や家族、地域の人々の命を守る行動が取れるかどうかです。
「知っている」と「できる」の間には、想像以上に大きな差があります。
その差を埋めるものは、日頃の体験であり、繰り返しの実践であり、小さな習慣の積み重ねです。
災害は、私たちに知識の量ではなく、行動する力を問いかけます。
だからこそ、これからの防災は「知る防災」から「できる防災」へと発想を変えていくことが重要です。
一人ひとりが知識を実践へと変え、その経験を家族や地域と共有していくことが、災害に強い社会を築く最も確かな一歩となるのではないでしょうか。


