災害写真・動画を保管・伝達する際には、さらに注意しなければならない重要な事柄がいくつもあります。これらを軽視すると、善意で行った記録や発信が、被災者や社会に新たな被害を生む「二次災害」になりかねません。

まず強く意識すべきなのが、被災者の尊厳と心理的影響です。倒壊した家屋、負傷者、泣き崩れる人々の姿は、災害の現実を伝える一方で、当事者にとっては深い心の傷をえぐるものでもあります。本人の同意なく顔や私有地、生活の詳細が分かる映像が拡散されると、後から強い苦痛や怒りを生むことがあります。「記録として重要か」と「公開してよいか」は別問題であり、撮影できても公開すべきでないものがあるという線引きを常に意識する必要があります。
次に、誤解を招く切り取りや文脈の欠如に注意が必要です。写真や動画は一瞬を切り取るため、前後関係が分からないと実態と違う印象を与えることがあります。例えば、一部の被害だけを写した映像が「地域全体が壊滅した」という誤解を生んだり、救助が遅れているように見える映像が行政批判や不信感を過度にあおることもあります。伝える際には、「いつ・どこで・どの範囲の状況か」を補足し、断定的な表現を避ける姿勢が重要です。
また、治安・安全面への配慮も欠かせません。詳細な位置情報や避難所の内部状況、物資の保管場所などが不用意に公開されると、窃盗や詐欺、なりすましといった犯罪を誘発する恐れがあります。特に避難生活中は警戒心が下がりやすく、SNS上の情報が犯罪者に利用されるケースも報告されています。「善意の共有」が悪意に利用される可能性を常に想定しておく必要があります。
さらに、法的・制度的な影響にも注意が必要です。被害認定や保険請求では、撮影日時や状況の正確性が重視されます。加工や編集を加えた画像しか残っていないと、証拠能力が下がることがあります。また、SNSに先に公開したことで「改変の疑い」を持たれるケースもあります。公的手続きに使う可能性があるものは、必ず未加工の原データを保持することが不可欠です。
加えて、発信する側の心身への影響も見逃せません。被災直後に映像を何度も見返したり、強い反応を受け続けることで、撮影者自身がストレスやトラウマを抱えることがあります。「伝えなければ」という使命感が、無理な行動につながることもあります。記録は重要ですが、自分自身を守ることも同じくらい大切です。
最後に重要なのは、「沈黙も責任ある選択」であるという認識です。すぐに発信しなくても、正しく保管し、必要な相手に必要なタイミングで提供することが、社会にとって最も価値のある使い方になる場合もあります。拡散よりも、記録・検証・教訓化を重視する視点が、災害写真・動画を未来につなげる鍵となります。

災害の記録は、扱い方次第で「命を守る情報」にも、「新たな傷」にもなります。だからこそ、撮る前、残す時、伝える時のすべての段階で、慎重さと想像力を持つことが強く求められているのです。


