東日本大震災や能登半島地震では、命を守るための避難が最優先された一方で、避難生活の中長期化により「食事の偏り」や「アレルギー対応不足」が深刻な課題として浮き彫りになりました。これらは直接的な被害ではないものの、被災者の健康状態を悪化させ、二次的な健康被害を引き起こした重要な問題です。

東日本大震災における食事偏りの実態
2011年の東日本大震災では、広範囲にわたる津波被害とインフラ崩壊により、避難所生活が長期化しました。発災直後から数週間、避難所で配布された食事は、おにぎり、パン、カップ麺、菓子類など炭水化物中心のものが大半を占めていました。
これは、
・大量に確保しやすい
・保存性が高い
・調理が不要または簡易
といった理由によるもので、災害初期としては避けられない側面がありました。しかし、この状況が長引いたことで、野菜不足、たんぱく質不足、ビタミン欠乏が顕在化し、便秘、口内炎、免疫低下、体力低下を訴える被災者が多く報告されました。
特に高齢者では、筋力低下による転倒や、持病の悪化が問題となり、「災害関連死」の一因として食事環境の悪さが指摘されました。
東日本大震災におけるアレルギー対応の課題
東日本大震災では、食物アレルギーを持つ子どもを中心に深刻な問題が発生しました。配布される食品の多くには原材料表示がなく、調理過程も不明なため、安全に食べられるか判断できない状況が続きました。
その結果、
・アレルギーのある子どもが配給を食べられない
・空腹を我慢する
・持参した非常食が尽きる
といった事例が各地で起こりました。
また、「非常時だから仕方がない」「迷惑をかけたくない」という心理から、アレルギーを申告できない保護者も多く、表面化しにくい問題となりました。この経験を契機に、アレルギー対応食品の備蓄や表示の重要性が全国的に認識されるようになりました。
能登半島地震における食事問題の特徴
2024年の能登半島地震では、半島特有の地理的条件が食事問題をさらに複雑にしました。道路寸断や集落の孤立により、支援物資の到着が大きく遅れ、避難所によって食事の質と量に大きな格差が生じました。
初期段階では、クラッカーや菓子パン、即席麺が中心となり、温かい食事がほとんど提供されない避難所もありました。寒冷期であったことも重なり、体力低下や低栄養状態が懸念されました。
能登半島地震で浮き彫りになったアレルギー対応不足
能登半島地震でも、アレルギーや特別食への対応は十分とは言えませんでした。支援物資は善意に基づくものが多く、内容が偏りやすく、アレルギー対応食品は圧倒的に不足していました。
また、小規模避難所では、
・個別ニーズを把握する人員が不足
・情報共有が不十分
・「特別対応」が後回し
になる傾向が強く、食物アレルギーを持つ人が自己防衛に頼らざるを得ない状況が続きました。
両災害から得られた教訓
これらの事例から明らかになったのは、避難時の食事問題は「贅沢」や「わがまま」ではなく、命と健康を守るための基本条件であるという点です。
災害対応では、
・初期は量と即効性
・中期以降は質と個別対応
へと段階的に重点を移す必要があります。また、アレルギーや持病といった個別ニーズを把握し、声を上げなくても支援が届く仕組みづくりが不可欠です。

まとめ
東日本大震災と能登半島地震は、避難時の食事偏りやアレルギー対応不足が、被災者の健康と尊厳を大きく左右することを示しました。
災害への備えとは、単に「食料を確保する」ことではなく、「誰が、どのような制限の中で食べるのか」を具体的に想定することです。
個人の備蓄、避難所運営の工夫、行政の制度整備が連動して初めて、すべての被災者が安心して避難生活を送ることができるのです。


