災害避難「情報が入らないことによる恐怖」

情報 避難
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東日本大震災(2011年)や能登半島地震(2024年)では、被災者が共通して強く訴えたのが「情報が入らないことによる恐怖」でした。建物被害やライフラインの停止に加え、正確な情報が得られない状況は、不安や孤立感を極度に高め、心身に大きな負担を与えました。

停電した暗闇の部屋

まず東日本大震災時の状況です。発災直後、広範囲で停電と通信障害が発生し、テレビ・インターネット・電話が同時に使えなくなった地域が多数ありました。津波被災地では、自分が置かれている状況すら把握できず、「次に何が起こるのか」「家族は無事なのか」「どこへ逃げればよいのか」が分からないまま夜を迎えた人が少なくありません。特に恐怖を増幅させたのが、原発事故に関する情報不足です。放射線の影響や避難の必要性について断片的な噂だけが広がり、正確な説明が届かないことで、必要以上の不安や混乱が生じました。「知らないこと」が最大の恐怖となり、被災者の精神的ストレスは長期化しました。

一方、能登半島地震でも同様の課題が浮き彫りになりました。半島という地理的特性から道路寸断や孤立集落が発生し、携帯電話が圏外、ラジオも入らない地域が生じました。被災者は「外の状況が全く分からない」「救援が来るのか分からない」という状態に置かれ、夜間の余震や寒さの中で強い不安を抱えることになりました。SNS時代であっても、通信そのものが断たれれば情報は届かず、「取り残されたのではないか」という恐怖感が広がったのです。

こうした状況から見えてきたのは、情報遮断が災害の二次被害を生むという現実です。情報がないと、人は最悪の事態を想像しやすくなり、冷静な判断ができなくなります。避難の遅れや誤った行動、心的外傷の拡大にもつながります。

手回し式ラジオ・懐中電灯

では、打開策は何か。第一に重要なのは、情報伝達手段の多重化です。テレビやインターネットに頼るだけでなく、電池式・手回し式ラジオ、防災行政無線、掲示板、紙による情報掲示など、「電気や通信に依存しない手段」を必ず残すことが必要です。実際、避難所で職員が手書きで状況を書き出した掲示板が、被災者の不安軽減に大きく役立った事例もあります。

第二に、「少量でも確かな情報」を早く届けることです。すべてが分からなくても、「救援は向かっている」「今夜はここにいて安全」「次の情報は何時に出す」といった最低限の見通しが示されるだけで、被災者の心理的負担は大きく下がります。完璧な情報を待つより、段階的な情報提供が重要です。

第三に、人を介した情報共有です。通信が途絶した状況では、自治会や自主防災組織、避難所運営者による直接の声掛けや巡回が大きな意味を持ちます。「誰かが状況を把握し、伝えてくれている」という安心感は、情報そのもの以上の価値を持ちます。

東日本大震災と能登半島地震は、「情報が届かない恐怖」が命や心に深く影響することを私たちに教えました。今後の災害対策では、物資やインフラの整備だけでなく、「どうやって情報を絶やさないか」「届かない時にどう補うか」を重視することが、被災者の命と心を守る鍵となるのです。

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